放送分野における個人情報保護 —放送分野ガイドラインの概要—

1 はじめに

日本の個人情報保護は、個人情報保護法、同施行令・施行規則と、個人情報保護委員会が策定した各種ガイドライン等(通則編、外国にある第三者への提供編、第三者提供時の確認・記録義務編、仮名加工情報・匿名加工情報編、認定個人情報保護団体編及びガイドラインに関するQ&A等)により分野横断的に図られています。しかし、金融、医療、情報通信等一定の分野においては、特定分野ガイドラインが設けられており、一般的な個人情報保護に上乗せされた特殊な規律が課せられています。放送分野に適用される「放送受信者等の個人情報保護に関するガイドライン(令和4年個人情報保護委員会・総務省告示第1号)」(以下「放送分野ガイドライン」といいます。)も、このような特定分野ガイドラインの一つです。

ここでは放送分野ガイドラインの概要についてご説明します。

2 適用範囲・対象

1)「受信者情報取扱事業者」とは

放送分野ガイドラインについてよくある誤解の一つとして、放送ガイドラインは放送事業者に対して適用される、というものがあります。しかし、実際には放送分野ガイドラインの適用範囲はもっと広くなっています。

まず、放送分野ガイドラインの規定は、①「受信者情報取扱事業者」に適用されるものと、②「放送事業者」に適用されるものの2種類があります。しかし、②は、放送分野ガイドライン全44条のうち、第40条3項と、第41条の2つの規定しかありません。その他は①のとおり、「受信者情報取扱事業者」に適用されます。

では、「受信者情報取扱事業者」とは、どのような概念でしょうか?

放送分野ガイドライン第3条第3号によると、「受信者情報取扱事業者」とは、「放送受信者等の個人情報データベース等を事業の用に供している個人情報取扱事業者」等をいうものとされています。ここでいう「放送受信者等」の定義は極めて広くなっており[i]、例えば、「放送番組を視聴する者」がこれに含まれます。したがって、簡単にいえば、放送番組の視聴者の個人情報をデータベース化して事業に用いている事業者であれば、放送事業を営んでいなくても、放送分野ガイドラインのほとんどの規定の適用を受けることになります。

このように、保護の対象となるデータ(゠放送受信者の個人情報)を定義し、それを取り扱う事業者(受信者情報取扱事業者)を規制するという規制の仕方は、放送分野ガイドラインの特徴であるといえます。例えば、金融分野における個人情報保護に関するガイドライン(令和5年3月27日個人情報保護委員会・金融庁告示第1号)が「金融分野における個人情報取扱事業者」を名宛人とし金融分野に属する事業者のみを規制対象としていますし、電気通信分野ガイドラインは「電気通信事業者 」を規制対象としています。

2)「視聴者特定視聴履歴」とは

放送分野ガイドラインの適用範囲・対象を理解する上で重要になる概念が、「視聴者特定視聴履歴」です。「視聴者特定視聴履歴」とは、視聴者個人情報[ii]であって、特定の日時において視聴する放送番組を特定することができるものをいうとされています(放送分野ガイドライン第3条第5号。ただし、「当該特定の日時の一ごとに個人情報を提供する本人の意図が明らかなもの」については、定義上、視聴者特定視聴履歴から除外されています。)。誤解をおそれずに単純化していうと、放送視聴者の個人情報であり、かつ、どの放送番組を視聴したかを特定することができる情報が「視聴者特定視聴履歴」です。一方、個人情報には該当しないもののどの放送番組を視聴したかを特定することができる情報として、「視聴者特定視聴履歴」があります[iii]

一般的には、個人の氏名、住所、メールアドレス等を含む放送番組の視聴データが「視聴者特定視聴履歴」、そうでない視聴データが「視聴者非特定視聴履歴」と整理されていることが多いのではないかと思われます。しかし、視聴履歴等の行動履歴データやオンライン識別子、これに紐付く各種情報が集積することにより個人識別性が生じ個人情報となることはあり得ることなので、突き詰めると、両者の線引きは容易ではありません。

3 放送分野ガイドラインの規律の概要

放送分野ガイドラインには、一般的な個人情報保護法やそのガイドラインにない特別な規律が置かれています(以下、このような規律を「上乗せ規律」といいます。)。上乗せ規律は、①電気通信分野ガイドラインと共通する規律、②放送分野ガイドライン特有の規律(視聴者特定視聴履歴に関しないもの)、③放送分野ガイドライン特有の規律(視聴者特定視聴履歴に関するもの)に分類することができます。以下では、これらの規律について概観します。最もインパクトの強いものは③ですが、ここでは概要を示すにとどめています。より詳細にお知りになりたい方は、「放送視聴データ利活用に関する主な規制」の記事をご参照ください。

1)電気通信分野ガイドラインと共通する規律

放送分野ガイドラインは、電気通信分野を参考にしつつ放送の特殊性を考慮する形で検討されてきたものであるため、放送分野ガイドラインには①電気通信事業における個人情報等の保護に関するガイドライン(以下「電気通信分野ガイドライン」といいます。)と共通する上乗せ規律があるとされています[iv]。このような上乗せ規律として、例えば以下のものが挙げられます。

・個人情報の取得をその事業に必要な場合に限る努力義務

・個人データに係る保存期間の設置・公表の努力義務及び保存期間経過後又は利用する必要がなくなった場合には遅滞なく消去すべき努力義務

・個人情報保護管理者を設置し、内部規定の策定、監督体制の整備、個人データ等の取扱いを監督する努力義務

・プライバシーポリシーを公表する努力義務

2)放送分野ガイドライン特有の規律(視聴者特定視聴履歴に関しないもの)

放送分野ガイドライン特有の上乗せ規律のうち、視聴者特定視聴履歴に関しないものとしては、例えば以下のようなものがあります。

40  1 受信者情報取扱事業者は、第三者への提供を利用目的とする場合には、当該利用目的において、当該第三者の範囲を、当該第三者の全ての氏名又は名称の表示その他の客観的に当該第三者を特定できる方法による表示をすることにより、できる限り具体的に明らかにしなければならない。 2 受信者情報取扱事業者は、放送受信者等の個人情報を直接本人から取得するときは、当該放送受信者等が誤って認識することを防止するために、当該放送受信者等に対し、自らの氏名又は名称を明示しなければならない。 3 放送事業者(放送法第2条第 26 号に規定する放送事業者をいう。次条において同じ。)は、その放送番組の視聴に伴い放送受信者等による発信が行われる個人情報を受信者情報取扱事業者に取得させるときは、当該放送番組において、当該放送受信者等に当該受信者情報取扱事業者の氏名又は名称を了知させるために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

第40条は、個人情報の提供等の際の氏名又は名称の明示等について定めている規定です。

第1項は、受信者情報取扱事業者が個人情報の第三者提供を利用目的とするときは、第三者の範囲を、当該第三者の氏名又は名称の表示等の方法によりできるだけ具体的に明らかにしなければならないとするものです。一般の個人情報の場合は、個人データの第三者提供にあたって提供先の事業者の氏名又は名称まで明らかにする必要はないというのが個人情報保護委員会の見解ですので[v]、本項はそれを一歩推し進めたものといえます。

第2項は、放送受信者等の個人情報の取得主体が放送事業者ではなくスポンサー等である場合があることにかんがみて、受信者情報取扱事業者が放送受信者等の個人情報を取得する際に、自らの氏名又は名称を明示すべきこととした規定です。この規定からも、放送事業者だけでなくスポンサー等も「受信者情報取扱事業者」に該当し、放送分野ガイドラインの適用対象となり得ることが明らかです。

第3項は、放送事業者が放送番組の視聴に伴い受信者情報取扱事業者に個人情報を取得させる場合には、放送事業者に対して、誰が個人情報を取り扱うのかを了知させるために必要な措置を講ずるよう努めるべきことを定めた規定です。この規定は、「受信者情報取扱事業者」ではなく「放送事業者」に向けられた規定です。

41  放送事業者は、放送受信者等が使用する記憶装置を有する放送受信用の受信機に記録された個人情報が、当該受信機と接続された電気通信回線設備を用いて、当該放送事業者が放送する放送番組の放送受信者等による視聴に伴い発信されることが可能なときは、当該個人情報の漏えい、滅失又は毀損を防止するために、次に掲げる措置を講ずるよう努めなければならない。 一 暗号を用いた方法その他の通信の当事者以外の者がその内容を復元できないようにする方法により、発信された当該個人情報を取得することとされている者以外の者が当該個人情報を取得することを防止するために必要な措置 二 当該個人情報が発信されるようにするために当該放送番組において送信される情報の検証その他の当該放送受信者等の意思に反して当該個人情報が発信されることを防止するために必要な措置

第41条は、放送受信機に記録された放送受信者等の個人情報が、放送番組の視聴に伴って受信機と接続された電気通信回線設備を通じて発信可能な場合について、放送事業者が必要な安全管理措置を講ずるよう努めるべき旨を定めています。この規定の性質上、名宛人は「受信者情報取扱事業者」ではなく「放送事業者」とされています。

2)放送分野ガイドライン特有の規律(視聴者特定視聴履歴に関するもの)

放送分野ガイドライン特有の規律のうち視聴者特定視聴履歴に関するものは、実務上、最も影響の大きい規律であるといえます。そのため、詳細は別の記事(「放送視聴データ利活用に関する主な規制」)で内容を説明することとし、ここでは概要を説明するにとどめます。

第四十二条 受信者情報取扱事業者は、視聴者特定視聴履歴を取り扱うに当たっては、要配慮個人情報を推知し、又は第三者に推知させることのないよう注意しなければならない。 2 受信者情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、次の各号に掲げる目的のために必要な範囲を超えて、視聴者特定視聴履歴を取り扱ってはならない。 一 放送の受信、放送番組の視聴又は放送番組の視聴に伴い行われる情報の電磁的方式による発信若しくは受信に関し料金又は代金の支払を求める目的 二 統計の作成の目的 三 匿名加工情報の作成の目的 3 受信者情報取扱事業者は、放送受信者等が前項の規定による同意の求めに対して、同意しなかったことを理由として、放送受信者等による放送の受信を拒み、又は妨げてはならない。 4 受信者情報取扱事業者は、第二項の規定による同意を得た場合であっても、視聴者特定視聴履歴について、本人の求めに応じてその取得を停止することとし、次に掲げる事項について、本人に通知し、又は本人が容易に知り得る状態に置かなければならない。 一 本人の求めに応じて当該本人の視聴者特定視聴履歴の取得を停止すること。 二 本人の求めを受け付ける方法

第1項は、視聴者特定視聴履歴を用いて要配慮個人情報を推知等することのないよう注意しなければならないとした規定で、日本の個人情報保護法制においてはじめてプロファイリングの問題を正面から扱ったもの(我が国初のプロファイリング規制)であるとの評価がなされています[vi]

第2項は、受信者情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、①受信料金等の支払請求の目的、②統計作成目的、③匿名加工情報作成目的のために必要な範囲を超えて、視聴者特定視聴履歴を取り扱ってはならないとする規定です。受信者情報取扱事業者が視聴者特定視聴履歴を取り扱う上で最も注意しなければならない規定であるといえます。

第3項は、放送が国民に最大限普及されることを目的とする放送法(放送法第1条第1号)の趣旨を踏まえ、上記の同意が放送受信の事実上の要件とされる事態を避けるための規定です。

第4項は、受信者情報取扱事業者に対し、視聴者が一度視聴者特定視聴履歴の取扱いに同意したとしても、事後的にその取得の停止を求めるための措置、いわゆる「オプトアウト」の措置を講じるべき義務を課したものです。

4 まとめ

以上、放送分野ガイドラインの概要をまとめました。

放送分野ガイドラインはその内容が特殊である上、場合によっては、放送分野の認定団体指針や自主規制などが重畳的に適用されることもあり、極めて複雑です。また、放送の視聴者数は膨大であり、視聴者特定視聴履歴の取扱いは国民に大きな影響を与える可能性があることから、違法又は不適切な取扱いが生じた場合は、大きなレピュテーションリスクが生じる可能性があります。そのため、放送受信者の個人情報の取扱いをご検討の際には、この分野における知識経験が豊富な専門家のアドバイスを受けつつ進めることが重要です。


[i] 放送分野ガイドライン第3条第2号は、「放送受信者等」について、以下のとおり定めています。

二 放送受信者等 次に掲げる者をいう。

イ 放送の受信に関する契約を締結する者

ロ 放送番組(放送法第2条第 28 号に規定する放送番組をいう。以下同じ。)を視聴する者

ハ 放送番組の視聴に伴い行われる情報の電磁的方式による発信又は受信を行う者

ニ 放送の受信、放送番組の視聴又はハの発信若しくは受信に関し料金(放送法第 64 条第2項に規定する受信料を含む。以下同じ。)又は代金を支払う者

ホ 放送の受信、放送番組の視聴又はハの発信若しくは受信に係る勧誘(当該勧誘に必要な準備行為を含む。)の対象となる者

なお、放送ガイドラインが保護の対象としている「放送受信者等の個人情報」は、文言上は放送に関連して取得されたもの(例えば、テレビ受信機から取得されたもの)に限定されていません。そのため、形式的には、当該個人情報に係る本人が放送視聴者である場合には、当該本人の放送とは無関係な個人情報を放送とは無関係なルートで取得する場合であっても、放送分野ガイドラインの適用を受けることになってしまいますが、ガイドラインの趣旨から考えてさすがにこのような結論は取り得ないと考えられます。

[ii] 「視聴者個人情報」とは、視聴に伴って取得される個人に関する情報であって、個人情報であるものをいうとされています。(放送分野ガイドライン第3条第4号)。

[iii] 認定個人情報保護団体 一般財団法人 放送セキュリティセンター「放送分野の個人情報保護に関する認定団体指針」(令和4年4月)4頁参照。

[iv] 宍戸常寿「放送分野における個人情報の保護と視聴データの利活用に向けた制度の議論動向」民放連研究所客員研究員会編『デジタル変革時代の放送メディア』37頁、42頁(2022、勁草書房)

[v] 個人情報保護委員会・前掲注21)「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン』に関するQ&A」8頁QANo.7−10

[vi] 宍戸・前掲注ⅲ)47頁(2022,勁草書房)。また、山本龍彦「プロファイリング規制の現状と課題」NBL1100号22頁、23頁(2017)参照。


Last Updated on 2024年2月27日 by rightplace-media

この記事の執筆者
大平 修司
ライトプレイス法律事務所

2010年12月弁護士登録。都内の事務所に勤務し、金融規制対応その他の企業法務や多くの訴訟・紛争対応に従事。
2016年4月に株式会社TBSテレビ入社。テレビ、インターネット配信、映画、スポーツ、eスポーツなど幅広いエンタテインメントについて、契約法務や訴訟・紛争対応や、インターネットビジネス、パーソナルデータの取扱いに関する業務等を担当。

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