放送視聴データ利活用に関する主な規制

1 はじめに

放送視聴データには、個人情報であるもの(視聴者特定視聴履歴)と、個人情報でないもの(視聴者非特定視聴履歴)とがあります。前者については、「放送受信者等の個人情報保護に関するガイドライン(令和4年個人情報保護委員会・総務省告示第1号)」(以下「放送分野ガイドライン」といいます。)に、いくつかの規制が置かれています。後者については放送分野ガイドラインには規制は置かれていませんが、「放送分野ガイドラインの解説」において多少の言及があったり、放送分野における認定個人情報保護団体の個人情報保護指針や自主規制においていくつかの規律が置かれていたりします。

ここでは、視聴者非特定視聴履歴についての規律にも触れつつ、放送分野ガイドラインに置かれている規制のうち重要なものをメインに紹介・解説したいと思います。

2 規制の内容

1)要配慮個人情報の推知の禁止(放送分野ガイドライン第42条第1項)

42条第1 受信者情報取扱事業者は、視聴者特定視聴履歴を取り扱うに当たっては、要配慮個人情報を推知し、又は第三者に推知させることのないよう注意しなければならない。

2017年4月に告示された放送分野ガイドライン(平成29年総務省告示第159号)によって導入された規定です。この規定は、日本の個人情報保護法制においてはじめてプロファイリングの問題を正面から扱ったもの(我が国初のプロファイリング規制)であるとの評価がなされています[i]

この規律の趣旨については、「受信者情報取扱事業者が放送受信者等の日常の視聴者特定視聴履歴を蓄積することにより取得する個人情報は、多様かつ膨大になり得るものであり、その分析により、放送受信者等の趣味・嗜好等について、高い確度で推知することが可能となると考えられる。このように推知した趣味・嗜好等に基づき、放送受信者等に利便性の高いサービスの提供が可能となる一方、分析の方法によっては、趣味・嗜好等にとどまらず、放送受信者等の信条等の要配慮個人情報まで、推知することが可能となるおそれが指摘されているところである。」とされています(放送分野ガイドラインの解説213頁)。

個人情報保護法は、要配慮個人情報の取得には、原則としてあらかじめ本人の同意の取得が必要としています(個人情報保護法第20条第2項)。この点について、要配慮個人情報を推知させるに過ぎない情報は要配慮個人情報に該当しないというのが個人情報保護委員会の見解です[ii]。また、要配慮個人情報を推知する行為が要配慮個人情報の「取得」に該当するか否かについては両説あるところであるが、否定説が多数説であるとされています[iii]。これらの考え方を前提にすると、要配慮個人情報の推知行為については、要配慮個人情報を取得する際に個人情報保護法上要求される本人同意の取得は必要ないということになります。本規律は、このような点を踏まえ、国民が放送の視聴を躊躇することなく従来どおり安心安全に視聴できる環境を確保するために設けられたものとされています。

「要配慮個人情報を推知し、又は第三者に推知させることのないよう注意しなければならない。」の意義は明確ではありませんが、積極的に推知する行為を規制するだけでなく、結果的に推知してしまうことを防止すべき注意義務を負うという意味を含むものであるように思われます。本項に関し、放送分野における認定個人情報保護団体である一般社団法人放送セキュリティセンター(SARC)「放送分野の個人情報保護に関する認定団体指針」(2022年4月 https://www.sarc.or.jp/documents/www/hogo/touroku/hogo_shishin.pdf, 以下「SARC認定団体指針」といいます。)13頁は、「視聴者特定視聴履歴の取扱いに関して、要配慮個人情報の推知を禁じる規律の整備等の安全管理措置を講じること。」と述べ、それに続く箇所で、要配慮個人情報の推知を防止するための安全管理措置の具体的内容を挙げています。この記載は、「要配慮個人情報を推知し、又は第三者に推知させることのないよう注意しなければならない。」との規律を遵守するためには、要配慮個人情報の推知を防止するための措置を講じなければならない(=注意義務を果たさなければならない)ことを示すものと理解されます。

2)視聴者特定視聴履歴の取扱いに係る同意取得(放送分野ガイドライン第42条第2項)

42条第2  受信者情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、次の各号に掲げる目的のために必要な範囲を超えて、視聴者特定視聴履歴を取り扱ってはならない。 一 放送の受信、放送番組の視聴又は放送番組の視聴に伴い行われる情報の電磁的方式による発信若しくは受信に関し料金又は代金の支払を求める目的 二 統計の作成の目的 三 匿名加工情報の作成の目的

放送分野ガイドラインによる上乗せ規律の中で、実務上最も影響が大きいと考えられる規律です。

放送分野ガイドラインの前身である「放送受信者等の個人情報の保護に関する指針」(平成16年8月31日総務省告示第696号)は、課金及び統計作成以外の目的での視聴履歴(現在の放送分野ガイドラインにおける「視聴者特定視聴履歴」に該当)の取得はしないよう努めなければならないとしていました。本規律は、2017年にこの指針を改正して放送分野ガイドラインを策定するにあたって、指針の上記規律を緩和する形で設けられたものとされています。なお、指針の規律は努力義務であったのに、放送分野ガイドラインにおいては法的義務に格上げされていることからすると、本規定は指針の規律を緩和したものとはいえないのではないかとも思われるところです。しかし、少なくとも免許事業者である放送事業者にとっては、努力義務であるからといって指針の規律を無視することは事実上困難であったと思われますので、放送分野ガイドラインによって規制緩和されたということは一応できると思われます。

本規定は、受信者情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、①受信料金等の支払請求の目的、②統計作成目的、③匿名加工情報作成目的のために必要な範囲を超えて、視聴者特定視聴履歴を取り扱ってはならないとするものです(前提として、よく誤解があるのですが、日本の個人情報保護法は、要配慮個人情報でない個人情報を取得する際に本人の同意を得ることは求めていません。)。「取り扱う」とは、取得、保有、利用をすることを意味し(放送分野ガイドラインの解説 215頁)、「利用」とは、取得及び廃棄を除く全般を意味するとされています(個人情報保護委員会「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン』に関するQ&A」8頁QANo.2−3)。そのため、結局、上記①から③の例外に該当する目的と廃棄以外の目的で視聴者特定視聴履歴を利活用するためには、あらかじめ本人の同意の取得が必要となります。

同意取得はどのように行えばいいのでしょうか。放送視聴データを収集するプレイヤーとしては、受信機メーカーや放送事業者が考えられます。受信機メーカーの場合は、放送受信機を起動した際等に同意取得文言を表示させ、同意を取得していることが多いようです(ただし、取得しているのは視聴者特定視聴履歴ではなく視聴者非特定視聴履歴であると思われます。)。日本では、個人情報保護法はGDPRのように同意取得について厳格な規制を置いている訳ではないこともあり、インターネット上のサービスにおいては同意取得項目を利用規約やプライバシーポリシーに記載し、これらについて包括的に同意取得をするという方法が一般的に採られていますが、これと類似する手法であるといえます。一方の放送事業者は、スポンサーや出演者への配慮からか、放送中の番組に同意取得画面をポップアップさせる等の方法には消極的なようです。こうなると、同意取得のハードルは高いものとなります。放送事業者は、データ放送画面での同意取得や、Webサービスに誘導してそちらで同意取得する方法を採用しているようです。

なお、視聴者非特定視聴履歴のみを取り扱っているつもりの場合であっても、社内に保有されている個人情報との間で容易照合性を生じてしまう場合には、それは視聴者非特定視聴履歴ではなく、視聴者特定視聴履歴を取得したことになります。この場合、本規定によりあらかじめ本人の同意を取得している必要があります。同意が取得出来ていない場合はガイドライン違反となりますので、注意が必要です。この点に関し、SARC認定団体指針2−4(17頁)は、「視聴者特定視聴履歴を有する事業者等において、あらかじめ視聴者非特定視聴履歴の取得を通じた個人情報の取得に同意を得ていない限り、視聴者非特定視聴履歴を取得し、特定の個人を識別、又は、容易に照合できる状態にすることは、個人情報の不適正な取得となり、削除が必要となるので留意すること。」と述べており、ガイドライン違反となるだけでなく、個人情報保護法第20条第1項違反になる可能性に言及しています。

3)不同意者に対する受信の拒否等の禁止(放送分野ガイドライン42条第3

42条第3  受信者情報取扱事業者は、放送受信者等が前項の規定による同意の求めに対して、同意しなかったことを理由として、放送受信者等による放送の受信を拒み、又は妨げてはならない。

受信者情報取扱事業者は、放送受信者等が視聴者特定視聴履歴の取扱いに係る同意をしなかったことを理由として、放送の受信を拒み、又は妨げてはならないとされています。放送が国民に最大限普及されることを目的とする放送法(放送法第1条第1号)の趣旨を踏まえ、上記の同意が放送受信の事実上の要件とされる事態を避けるための規定であるとされています。

4)2.2.4. 視聴者特定視聴履歴取得等のオプトアウト(放送分野ガイドライン42条第4

42条第4 受信者情報取扱事業者は、第2項の規定による同意を得た場合であっても、視聴者特定視聴履歴について、本人の求めに応じてその取得を停止することとし、次に掲げる事項について、本人に通知し、又は本人が容易に知り得る状態に置かなければならない。 一 本人の求めに応じて当該本人の視聴者特定視聴履歴の取得を停止すること。 二 本人の求めを受け付ける方法

受信者情報取扱事業者は、放送受信者等から視聴者特定視聴履歴の取扱いについて同意を得た場合であっても、その取得についてオプトアウトを受け付ける必要があるとされています。この規律の趣旨は2つあります。一つは、視聴者特定視聴履歴は放送受信機から継続的に取得されうることに鑑み、放送受信者等が一度は視聴者特定視聴履歴の取得に同意したとしても、その後取得の停止を希望するようになった場合に、その意思を保護すべき、というものです。もう一つは、世帯構成員のプライバシーを考慮したものです。すなわち、放送受信機は同一世帯内で複数の世帯構成員に共同で利用される場合があるため、世帯内の特定の放送受信者が視聴者特定視聴履歴の取得に同意したとしても、他の構成員の意向により同意の意思が変更される可能性があり、この点に配慮したものであるとされています(放送ガイドラインの解説217−218頁参照。)。

オプトアウトの対象となっている行為は、視聴者特定視聴履歴の「取得」です。利用行為が対象となっていないことからすると、取得済みの視聴者特定視聴履歴の利用までは停止しなくてもよいようにも思われますが、視聴者にとって不意打ちとならないよう、同意取得の態様やユーザに対してどのような内容で説明したか等を踏まえ、オプトアウトの内容を設計すべきと考えられます。

3 おわりに

以上、放送視聴データに関する放送ガイドライン上の主な規制についてみてきました。SARC加盟社であればさらにSARC認定団体指針を遵守する必要がありますし、オプトアウト方式で取得される視聴者非特定視聴履歴の利活用については、一部の放送事業者や受信機メーカーによる自主規制ともいうべきプラクティス(視聴関連情報の取扱いに関する協議会「オプトアウト方式で取得する非特定視聴履歴の 取扱いに関するプラクティス(ver.2.2)」(2023年))が存在しています。

このように、放送視聴データには様々な規律が課せられる可能性がありますので、その利活用を行う場合には、自社に適用される規制がどれかを把握することも重要になります。無用なリスクを回避するためにも、放送視聴データの利活用をする際には、専門家にご相談されることをおすすめします。


[i] 宍戸常寿「放送分野における個人情報の保護と視聴データの利活用に向けた制度の議論動向」民放連研究所客員研究員会編『デジタル変革時代の放送メディア』37頁、47頁(2022、勁草書房。また、山本龍彦「プロファイリング規制の現状と課題」NBL1100号22頁、23頁(2017)参照。

[ii] 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」12頁(個人情報保護委員会ウェブサイト内、2016年11月(2022年9月一部改正))(https://www.ppc.go.jp/files/pdf/230401_guidelines01.pdf)、個人情報保護委員会「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン』に関するQ&A」8頁QA No.1−27、(個人情報保護委員会ウェブサイト内、2017年2月(2023年5月一部改正))(https://www.ppc.go.jp/files/pdf/2305_APPI_QA.pdf)

[iii] 福岡真之介ほか編著『AIプロファイリングの法律問題 AI時代の個人情報・プライバシー』44頁〔田中浩之〕(商事法務、2023)

Last Updated on 2024年2月14日 by rightplace-media

この記事の執筆者
大平 修司
ライトプレイス法律事務所

2010年12月弁護士登録。都内の事務所に勤務し、金融規制対応その他の企業法務や多くの訴訟・紛争対応に従事。
2016年4月に株式会社TBSテレビ入社。テレビ、インターネット配信、映画、スポーツ、eスポーツなど幅広いエンタテインメントについて、契約法務や訴訟・紛争対応や、インターネットビジネス、パーソナルデータの取扱いに関する業務等を担当。

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