映像コンテンツ関係者必須の著作権知識 ーワンチャンス主義ー

ワンチャンス主義とは

映像コンテンツ業界で著作権に携わる人であれば、「ワンチャンス主義」という言葉に接したことが一度はあるのではないかと思います。キャッチーな響きを持つこの言葉は、外国由来ではなく、日本の立法担当者が用いたものであると言われています。

制作会社製作のコンテンツはワンチャンス主義が適用される、局制作コンテンツはワンチャンス主義が適用されない、といった結論についてはご存じでも、その根拠まで整理できている方は多くないかもしれません。

そこで、以下では、このワンチャンス主義について根拠も含めてご説明した上で、ワンチャンス主義の今後についても軽く触れたいと思います。

 

ワンチャンス主義とは、最初に利用許諾すると、それ以降許諾権を失ってしまうという制度のことです。権利者からすると、利用許諾の対価を確保するチャンスが最初の許諾時の1回だけ、ということになるので、「ワンチャンス主義」と言われています。主に実演家の権利について、このような制度が設けられています。ワンチャンス主義は、著作物についての権利関係が複雑になり、その流通が阻害されるのを防止することを趣旨とする制度です。

 

ワンチャンス主義については適用範囲について様々な見解がありますが、放送事業者側の大まかな理解は次のようなものです。

 

①放送事業者以外が制作する放送番組については、ワンチャンス主義が適用される。
②放送局が制作する放送番組についてはワンチャンス主義が適用されない。

 

どのような根拠により、このように整理されるのでしょうか?また、その整理は正しいのでしょうか?

 

ワンチャンス主義の根拠

まずは上記①②のような理解の根拠を整理したいと思います。

まず、①については条文が根拠になります。ワンチャンス主義が現れている条文は著作権法上に複数存在しますが、そのうちの一つを引用します。

録音権及び録画権

第九十一条 実演家は、その実演を録音し、又は録画する権利を専有する。

2 前項の規定は、同項に規定する権利を有する者の許諾を得て映画の著作物において録音され、又は録画された実演については、これを録音物(音を専ら影像とともに再生することを目的とするものを除く。)に録音する場合を除き、適用しない。

 

上記の第2項がワンチャンス主義についての条文です。実演家が映画の著作物に録音又は録画することを許諾した場合は、原則として(第1項の)録音録画権が適用されなくなってしまいます。すなわち、実演家は、自己の実演について、ひとたび映画の著作物に録音録画することを許諾すると録音録画権を失うことになります。

上記①の結論は、この条文を適用することによる帰結です。

 

一方、上記②の根拠は複雑です。

 

まず、放送事業者は、実演家から実演の放送についての許諾を得た場合は、下記の著作権法第93条第1項本文により、その実演を録音録画することができます。出演者から、番組を放送することについてOKをもらったら、別途収録することについて許諾をもらわなくても、収録を適法にできるということです。

放送等のための固定

第九十三条 実演の放送について第九十二条第一項に規定する権利を有する者の許諾を得た放送事業者は、その実演を放送及び放送同時配信等のために録音し、又は録画することができる。ただし、契約に別段の定めがある場合及び当該許諾に係る放送番組と異なる内容の放送番組に使用する目的で録音し、又は録画する場合は、この限りでない。

2 (略)

 

ここで重要なのは、この条文によりなされる録音録画は、本条により適法化されるものであり、実演家の許諾により適法になされるものではないということです。ワンチャンス主義に関する条文は上記の第91条第2項記載のとおり実演家の許諾を得て録音録画される場合に適用されるものなので、実演家の許諾なくなされる録音録画には適用されません。したがって、本条によって録音録画がなされた場合には、ワンチャンス主義は適用されないことになります。

ただし、これだけでは上記②の結論を導くには不十分です。

というのも、実務的に放送番組の出演契約においては「出演することを承諾する。」などの文言が用いられるのが通常であり、それに重ねて「録音録画を許諾する。」という意思表示がなされることはあまり考えられません。そうすると、出演の承諾の意思の中に録音録画の許諾の意思が含まれているかという、実演家側の意思解釈の問題になりそうです。

この点についてはどう考えるべきでしょうか。生放送番組であれ収録・編集される番組であれ録音録画を伴うのが通常であることからすると、出演の承諾は録音録画の許諾を含むのと考えるのが自然でしょう。そうすると、録音録画の許諾がなくても録音録画できるのだとする第93条第1項が適用される場面がないようにも思われます。しかし、実際にはそうではありません。ここで登場するのが、著作権法第63条第4項です。なお、同条は直接的には著作物についての規定ですが、第103条により実演に準用されています。

著作物の利用の許諾

第六十三条 著作権者は、他人に対し、その著作物の利用を許諾することができる。

2 (略)
3 (略)
4 著作物の放送又は有線放送についての第一項の許諾は、契約に別段の定めがない限り、当該著作物の録音又は録画の許諾を含まないものとする。

 

この条項から明らかなように、実演家が実演の利用許諾をしたとしても、契約に別段の定めがない限り録音録画の許諾をしたことにはなりません。すなわち、出演や放送を承諾したとしても、契約書に明示的に実演の録音録画を許諾する旨を記載したような場合でない限り、録音録画の許諾はなされていないと解されることになります。

よって、放送又は有線放送をすることを承諾しただけの出演契約は録音録画の許諾を含みません。そのため、放送番組制作に必須となる録音録画は、実演家の許諾ではなく著作権法第93条第1項本文によりなされることになります。

 

①②の帰結に対する批判

このような結論に対しては、様々な批判があるところです。これらの批判は、放送局が外部制作会社に委託して放送番組を制作する場合は実質的に局制作と変わらないことや、ワンチャンス主義が適用される場合は適用されない場合に比べて実演家の報酬が高くならなければおかしいが実務的にはそのようになっていないこと、ワンチャンス主義は劇場用映画を典型例として定められたものでありテレビ映画(テレビ用に制作された映像作品)には適用されない、などの理由を主張しているようです。

たしかに、放送局制作の番組にワンチャンス主義が適用されないことの根拠となる第63条第4項は経済的弱者の地位にある実演家の保護を図る趣旨の規定ですので、放送局が背後にいることが明らかな制作会社(特に放送局のグループ会社である制作会社など)については同様に実演家の保護が図られるべきであるとも考えられ、制作会社制作であっても一定の場合にはワンチャンス主義の適用を排除すべきとの主張には一定の説得力があります。

なお、ワンチャンス主義の適否についての理論的な結論はさておき、実務においては、制作会社制作の放送番組であっても、二次利用について一定の配分がされている例もままあるようです。ワンチャンス主義は単に契約交渉のチャンスが1回だけという制度であり、その交渉で二次利用についての配分を行うとの内容で合意が成立すれば、当然二次利用について配分が行われることになります。放送局等で実務についている方の中にはワンチャンス主義なのに二次利用の対価を支払うのはおかしいとの意識を有している方もいるかもしれませんが、ワンチャンス主義の適否と二次利用対価の支払いをするか否かは論理必然的に連動する訳ではありません。

 

ワンチャンス主義の今後

以上から明らかなように、著作権法は第93条第1項や第63条第4項により放送事業者に対して特殊な地位を与えており、このことが、放送局制作のコンテンツにはワンチャンス主義が適用されないという結論を導いています。

しかし、インターネット上で動画配信を行う事業者の実演家に対する影響力は日増しに大きくなっており、現在では放送事業者の地位は相対化しています。上記の①②の帰結を導く上で重要な役割を果たす著作権法第63条第4項は弱者である実演家の保護をその趣旨とする規定であるとされており、この趣旨は対インターネット事業者の関係にも当てはまるものだといえます。そのような中で、放送事業者のみが特殊な取扱いをされることに合理性はありません。

また、放送局の出演契約においては、伝統的な二次利用の一態様であるビデオグラムについて権利処理されていることが多いと思われますが、ビデオグラム化の許諾は不可避的に録音録画の許諾を含む(=ワンチャンス主義が適用される)ことからすると、放送局制作コンテンツについて二次利用の権利処理を都度行っていることからすると、ワンチャンス主義は有名無実化しているのではないかとも思われます。

また、上記のとおりワンチャンス主義はテレビ映画には適用されないと言われることがありますが、インターネット配信等の放送コンテンツの二次利用は「二次利用」という言葉に違和感を覚える程プレゼンスを増しています。このような中で、「テレビ映画」という概念がそぐわない場面も生じているように思います。

 

このように、映像コンテンツの在り方が制定当時の著作権法が想定していたものから大きく変容している中で、ワンチャンス主義の在り方も変更を迫られているように思います。

Last Updated on 2023年9月12日 by rightplace-media

この記事の執筆者
大平 修司
ライトプレイス法律事務所

2010年12月弁護士登録。都内の事務所に勤務し、金融規制対応その他の企業法務や多くの訴訟・紛争対応に従事。
2016年4月に株式会社TBSテレビ入社。テレビ、インターネット配信、映画、スポーツ、eスポーツなど幅広いエンタテインメントについて、契約法務や訴訟・紛争対応や、インターネットビジネス、パーソナルデータの取扱いに関する業務等を担当。

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