映像制作業における「権利処理」とは?権利処理の要否判断の流れについて弁護士が解説

映像制作において必ず検討が必要になるのが権利処理です。映像に含まれる権利対象物の全てをオリジナルで用意できるのであればいいですが、背景に映り込むものまで含めると、そうするのは困難なことが多いと思います。

 本記事では、「権利処理」とは何かについてご説明し、著作権を例に、権利処理が必要かどうかをどのように検討するかについて解説します。

権利処理とは

権利処理に明確な定義はありませんが、一般的には著作権等の権利の対象になるものについて、権利者からの利用許諾を得るプロセスをいうことが多いと思われます。具体的には、以下のプロセスの全部又は一部を指して「権利処理」という言葉が使われることが多いです。

対象物の特定

権利処理の要否を検討する著作物等を特定します。映像作品においては、映像自体、音楽、美術品、映り込んでいるオブジェクト・建物等の著作権や、出演者に係る実演家の権利や肖像権等が対象となり得ます。

利用許諾の要否の検討

利用許諾が必要かどうかを検討します。例えば、著作権でいえば、対象物に著作物性がない場合、権利制限規定に該当する場合、著作権の存続期間が経過している場合などは、利用許諾は不要です。法的にかなり微妙で困難な判断が必要となることもあります。この点については、後ほど詳しく検討したいと思います。

権利者の特定・捜索

権利が誰にあるかを特定します。一見容易なように思われますが、古い著作物である場合などは、権利者の特定が困難になる場合もあります。

利用許諾の取得(利用許諾契約の締結)

権利者から利用許諾を取得します。この際、後からトラブルになることを防ぐため、利用許諾契約を締結しておくことが望ましいといえます。

権利処理の要否の検討

基本的な考え方

当然のことながら、対象となる素材を利用許諾なく使用すると著作権等の侵害になってしまう場合には権利処理が必要、そうでない場合には不要、というのが権利処理の要否に関する基本的な考え方です。

完全な適法化が出来ない場合

ただ、条文が抽象的であるとか判例が少ない等の理由で、利用許諾を得なければ権利侵害になるかどうかはっきりとした結論が出ないことも珍しくありません。もっとも、侵害の可能性が100%ない場合でなければ権利者から許諾を取得するというのでは、実務は回りません。そこで、①その素材を使うべき必要性、②使用した場合のリスク、の2つの観点を踏まえたうえで、権利処理をすべきかどうか総合的に判断する必要があります。

  • その素材を使うべき必要性

ここで検討するべき項目としては、制作側の意思、再編集の可能性の有無などが挙げられます。制作側の意思として、その素材を使いたいという意思が強い場合や、その素材を編集によって削除することが難しい場合には、その素材を使うべき必要性は大きいといえるでしょう。

  • 使用した場合のリスク

リスクについては、権利侵害リスクの大小、権利者の属性(権利者が権利行使に積極であるか否か)、利用の態様(放送時刻や配信媒体の種類等)を踏まえて判断する必要があります。ただし、これらの要素のうち「権利侵害リスク」が大きい場合は、他の要素の大小にかかわらず、コンプライアンスの観点からその素材を使用することは妥当ではありません。

使うべき必要性が大きくない場合に、権利侵害リスクがあるものを使用することは無意味なリスクを抱えることになるので、適切ではないでしょう。使うべき必要性が大きい場合には、多少のリスクを背負ってでも使うこともあろうかと思います。なお、いくら使うべき必要性が大きくても、適法化の理屈がつかず権利侵害の可能性が大きい場合には、コンプライアンスの観点から使用すべきではないことは上述のとおりです。これを図示すると、以下のようになります。

著作物の権利処理の要否についての検討の流れ

ではその素材について、許諾の要否はどのように判断されるのでしょうか。著作権を例に見ていきたいと思います。

著作権は、「著作物」について発生します。したがって、対象となる素材が「著作物」でない場合には著作権が発生しないので、許諾は不要です。また、著作物を利用する行為は全て違法となるわけでありません。著作権法が定める利用行為に該当する態様での利用だけが違法となります。著作権法第21条から第28条が、どのような行為について著作権が働くかを定めており、これらは「支分権」と呼ばれます。「著作権」とは「支分権」が束になったものなのです。また、著作物を支分権に該当する態様で利用したとしても、「権利制限規定」に該当する場合には著作権は働きません。この考え方を図示すると、以下のようになります。

これについて、以下ではもう少し詳しくご説明します。

※なお、実際には支分権に該当しなくても著作権侵害と見做される場合(間接侵害)があります。また、著作権の存続期間が満了していたり、我が国が保護しない外国の著作物である等の理由で権利処理が不要となることもありますが、複雑になるので本稿では割愛しています。

著作物該当性について

著作権法は、「著作物」を、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの、と定義しています。これに該当しないものは著作物ではありません。

著作物に該当するかどうかを判断する際には、「創作的」といえるか(誤解を恐れずにいうと、オリジナリティが発揮されているか)、「表現」であるか(「表現」に該当しない「アイデア」は著作権法は保護していません)が問題となることが多いです。

例えば、写真については、被写体の選択・配置・組合せや、構図、アングル、順光・逆光などの光の使い方等の表現に創作性が発揮されている場合に創作性が認めらます。その一方で、対象物を単に正面から写しただけの写真は、創作性が認められず著作物に該当しません。定点カメラの映像も、一般的には創作性が認められないと思われます。

創作性や表現とアイデアの区別に関する判断は難しく、専門家でも判断が分かれることも珍しくありません。

支分権該当性について

著作権法は、著作物を取り扱う行為全てに著作権が働くとしている訳ではありません。著作権法が支分権として定める態様で利用する行為についてのみ、著作権が働きます。

例えば、著作物を演奏(歌唱することを含みます)する行為は、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として行う場合のみが違法とされているので、一人で風呂に入りながら鼻歌を歌う行為は、著作権侵害とはなりません。

別の例を挙げると、著作物を「複製」する行為は「複製権」という支分権に該当しますが、下記の「雪月花事件」判決は、写真に写った「書」について、その細部が再現されていないこと等を理由に「複製」に該当しないとしました。

【雪月花事件(東京高裁平成14年2月18日判決)】

被告側が発行した証明機具のカタログに掲載された和室の写真中に、原告側が創作した書の掛け軸が写っていたことについて、原告側が著作権侵害の主張をした事例。

裁判所は、カタログに写った書は、書の原作品のおおむね50分 の1程度の大きさに縮小されていると推察され、原作品の墨の濃淡と潤渇等の表現形式までが再現されていると断定することは困難であるなどとして、カタログにおいては書の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分が再現されているということはないとし、カタログに掛け軸を写した行為は複製には該当しないとした。

権利制限規定について

著作物について支分権に該当する利用行為をする場合であっても、著作権法が定める権利制限規定に該当する場合には、著作権侵害とはなりません。権利制限規定は、他の権利との調整や公益的理由など、様々な理由から設けられています。具体例を挙げると以下のとおりです。

著作権法第30条(私的使用のための複製)

1 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。

(後略)

著作権法第32条(引用)

1 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

2 国等の周知目的資料は、説明の材料として新聞紙、雑誌その他の刊行物に転載することができる。ただし、これを禁止する旨の表示がある場合は、この限りでない。

第37条(視覚障害者等のための複製等)

1 公表された著作物は、点字により複製することができる。

(後略)

まとめ

以上、権利処理の要否の判断の流れについてご説明しました。実際には、著作権該当性、支分権該当性、権利制限該当性等について微妙な法解釈が必要になることが多いため、判断に迷うことも多々あります。権利侵害はその後大きなトラブルに発展しやすいため、専門的な観点から定期的にアドバイスをもらい、処理をしていくことが肝要です。

当事務所では、映像制作業界の実態に詳しい弁護士が、著作権などの権利侵害に関するご相談をお受けしています。少しでも不安のある方は、ぜひお気軽にお問合せください。

Last Updated on 2024年4月1日 by rightplace-media

この記事の執筆者
大平 修司
ライトプレイス法律事務所

2010年12月弁護士登録。都内の事務所に勤務し、金融規制対応その他の企業法務や多くの訴訟・紛争対応に従事。
2016年4月に株式会社TBSテレビ入社。テレビ、インターネット配信、映画、スポーツ、eスポーツなど幅広いエンタテインメントについて、契約法務や訴訟・紛争対応や、インターネットビジネス、パーソナルデータの取扱いに関する業務等を担当。

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