マンガや小説を映像化する場合の権利関係と紛争防止の方法とは?

1 はじめに

テレビドラマや映画においては、漫画や小説を実写化した作品、いわゆる「原作もの」が多く作られています(一時期よりはオリジナル脚本者が増えているかもしれませんが)。ただ、もともと実写ではないものを実写化するというのには様々な困難がともない、紛争が生じることも少なくありません。今年は、ドラマ化された作品の原作者の方が亡くなるという大変痛ましい事件も生じてしまいました。

そこで、この記事では、漫画や小説を映像化する場合の著作権法上の権利関係について簡単に説明した上で、実写化に関する紛争を防ぐにはどうしたらよいか、考えてみたいと思います。

2 映像化と著作権法

1)翻案権

「著作権」は、支分権とよばれるいくつかの権利が束になったものです。その支分権の一つとして、「翻案権」と呼ばれる権利があります。著作権法第27条は、「著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。」と定めています。マンガや小説を映像化する行為はこの権利に抵触するので、そのような行為を行う場合は、原則として著作権者の許諾を得なければならないのです。

2)同一性保持権

著作権法は、著作者人格権(著作者が、自ら創作した著作物について有している人格的な権利)の一つとして「同一性保持権」を定めています。著作権法第20条第1項は、「同一性保持権」について、「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」と定めています。第2項に例外規定があり、一定のやむを得ない事由がある場合には改変が認められるとされているものの、このような例外規定に当たらない限り(少なくとも文言上は、)著作者の名誉・声望を害するような改変だけでなく著作者の意に反する改変行為は全て同一性保持権侵害となるとされており、同一性保持権は強力な権利となっています。

2 映像化に関する契約について

映像化の利用許諾契約は、当然ながら、上記の翻案権や同一性保持権をクリアランスする内容になっています。放送局が締結するドラマ化の許諾契約は、一般的には原作者が出版を行った出版社との間で締結され、放送局が映像化やその映像作品の利用の許諾を受ける(つまり、翻案権や同一性保持権等を行使しないという約束をしてもらう)内容になっているのが通常です。

またその一方で、著作者の権利にも配慮し、企画書や脚本等について、出版社・作者側の監修を受けることが放送局に義務づけられているものが多いと思われます。

3 紛争発生の主な要因について

このように、映像化の契約においては、原作者の権利処理をしつつ原作者にも配慮した条項が置かれていることが多いにもかかわらず、紛争が生じるのはなぜなのでしょうか。その原因として、以下のようなものが挙げられます。

①そもそも契約が締結されないか、締結時期が遅いこと

エンタメ業界では口約束が多いとよく言われます(冒頭に記載した原作者の方が亡くなってしまった事案では、契約書は作成されていなかったと報道されています。)。また、最終的に締結されても、その締結時期は遅れることも多く、ドラマの制作開始時や放送時より遅れることは多々あり、時には放送終了後まで締結されない場合もあります。契約書の機能として、当事者の権利義務関係を明確にしておくだけでなく、その締結交渉作業を通じて各当事者の認識を一致させるというものも挙げられます。放送時までにこのような作業が完了されないことにより、双方の認識に齟齬が生じたまま制作が進行してしまうことになります。

②脚本の執筆と撮影が並行的に行われること

日本のテレビドラマ制作においては、ドラマの撮影開始時に脚本が完成していることはまれで、撮影と脚本の執筆は並行して行われることが多いです。そのため、脚本の執筆が遅れている場合などは、原作者サイドとの擦り合わせを行う時間的な余裕がなく、双方の認識のズレを修正することが困難な場合があると考えられます。

③原作者と放送局との間の出版社の介在

上記のとおり、多くの場合放送局は原作者と直接ではなく出版社を入れて契約書を交わします。原作者とのやりとりも出版社を通じて行うことも少なくないようです。このような伝言ゲームにより、放送局と原作者との意思疎通がうまくいかないこともあると思われます。ただし、交渉事は間に人が立つことによって調整が上手くいくことも多いので、出版社が介在することが悪いと一概にいうことはできません。

④実写化作品は原作を忠実に再現すべきという意識

実写化作品がリリースされると、SNS等では、実写作品が原作をいかに忠実に再現しているか(又はしていないか)を評価基準にしたコメントで溢れます。このようなコメントの根底には、実写化作品は原作を忠実に再現すべきという意識があると思われます。このような世間の意識が原作者に影響を与え、実写化作品は原作に忠実にあってほしいというこだわりをより強めており、そのこだわりが、原作者サイドと実写化作品の製作者サイドとの歩み寄りをより困難なものにしている可能性があります。

ただし、誤解してほしくないのですが、原作者のこだわりが悪いと言っている訳ではありません。日本のアニメやマンガ等のコンテンツが世界でこれだけ評価されているのには、このような原作者のこだわりが寄与していることは間違いないでしょう。また、原作者の意に反する改変を禁止する我が国の同一性保持権は、このようなこだわりを重視し保護しているようにも読めます。このようなこだわりの重要性を認めつつ、それが原作者への過度な負担にならないよう留意することが必要と思われます。

4 紛争を生じさせないために

以上、マンガや小説の映像化にあたって紛争が生じやすい理由を挙げました。しかし、紛争を生じさせないためには、細かな内容にまで合意した契約書をできるだけ早く締結し、脚本も早期に完成させあらかじめ原作者サイドの承認を受けることが重要である、というつもりはありません。そのように言うのは簡単ですが、長年続いた日本の慣行を改めるのには時間がかかると思われ、このようなべき論を言うだけでは意味がありません。

結局、重要なのは、早い段階から原作者サイドと実写制作サイドの認識を合わせておくことです。契約書の締結交渉や脚本の完成についても、それ自体が目的というよりも、早期の認識合わせを可能にするようできるだけ早期に完了させるという意識が重要であると思われます。

また、われわれ原作ファンも、実写化は容易ではなく原作イメージと異なる部分は多かれ少なかれ必ず生じること、そして、そのような乖離が生じたとしても、原作自体や原作者への評価はいささかも揺るがないという意識をもって映像化を見守ること(場合によっては作者にそのような声を届けること)が重要であると思われます。

Last Updated on 2024年4月23日 by rightplace-media

この記事の執筆者
大平 修司
ライトプレイス法律事務所

2010年12月弁護士登録。都内の事務所に勤務し、金融規制対応その他の企業法務や多くの訴訟・紛争対応に従事。
2016年4月に株式会社TBSテレビ入社。テレビ、インターネット配信、映画、スポーツ、eスポーツなど幅広いエンタテインメントについて、契約法務や訴訟・紛争対応や、インターネットビジネス、パーソナルデータの取扱いに関する業務等を担当。

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